企業において、「誰が何に時間を使うのか」は、これまで以上に重要なテーマになっています。

限られた人材の中で成果を出すためには、すべての業務を自分たちで抱えるのではなく、どこにリソースを集中させるかを見極める必要があります。

実際、営業や採用、マーケティングといった領域では、ツールや外部パートナーを活用しながら、効率化や最適化が進んでいます。

一方で、マニュアル作成に関してはどうでしょうか。

多くの企業ではいまだに、「自分たちで作るもの」とされ、本業の合間に“なんとなく”進められているのが実態です。

しかし、マニュアル作成には、

・業務を分解する力
・言語化する力
・構造化する力

といった専門性が求められます。

本来は、本業とは異なるスキルを必要とする業務です。

それにもかかわらず、現場の社員が “ついで業務”として担っている。この構造は、本当に合理的なのでしょうか。

ここで一つ参考になるのが、家事代行の普及です。

かつて家事代行は、誰もが使うものではなく、一部の人に限られた選択肢でした。

しかし現在では、共働き世帯や単身世帯を中心に、「時間を買う」という合理的な選択として広がっています。

この変化の本質は、「できるかどうか」ではなく、“何に時間を使うか”という意思決定が変わったことにあります。自分でやろうと思えばできる。でも、それをプロに任せることで、より価値の高いことに時間を使える。

例えば、家事に3時間使う代わりに、仕事の生産性を高めたり、家族との時間を確保したりする。その方が全体として合理的だ、という考え方です。

では、企業におけるマニュアル作成はどうでしょうか。

本記事では、「家事代行の普及」と「マニュアル作成代行」の構造的な共通点から、これからの企業にとっての“任せる意思決定”を考えていきます。

ーーマニュアル作成代行は、家事代行のように一般化していくと思いますか?

矢澤:
一般化していくというより、一般化させないといけない領域だと思っています。

今後、労働人口は確実に減っていきます。その中で企業が成長していくためには、1人あたりの生産性を上げていく必要がある。つまり、「誰が何に時間を使うか」をこれまで以上にシビアに設計していかなければならない時代です。

にもかかわらず、本来の業務とは異なるスキルが必要な「マニュアル作成」を社員が担っている状態は、構造的に非効率です。

マニュアルを作るには、
・業務を分解する力
・言語化する力
・構造化する力

といった専門性が必要になります。これは、本業とは別のスキルです。

それにもかかわらず、現場の社員が“ついで業務”として担っている。ここに無理が生まれています。

さらに言うと、マニュアル作成は「やらなくても今は困らない」業務として扱われやすい。

だから優先順位が上がらず、後回しになる。
結果として、整備されないまま運用され続けるのです。

他の業務はどんどん効率化されています。
営業も、採用も、マーケティングも、ツールや外注を活用して最適化されています。

それにもかかわらず、なぜかマニュアルだけが「自社でやるのが当たり前」になっているのです。それは本来あるべき姿から、やや逸脱した状態だと考えられます。

「自分たちでやるべきもの」という前提が見直されていないだけで、業務としての性質を見れば、外部に任せる選択肢があってもおかしくない。

そう考えると、今の状態は単に慣習として残っているだけで、構造としてはすでに時代に合わなくなってきていると感じています。

ーー家事代行との共通点はどこにあると考えていますか?

矢澤:
非常に似ていると思っています。
家事代行も、もともとは「誰もが使うもの」ではなく、一部の人に限られた選択肢でした。
それが今では、共働き世帯や単身世帯が当たり前に使うものになっています。

この変化の本質は、「できるかどうか」ではなく、“何に時間を使うか”という意思決定が変わったことにあります。

その背景にあるのは、「時間の再配分」です。
自分でやろうと思えばできる。でも、それをプロに任せることで、より価値の高いことに時間を使える。

例えば、家事に3時間使う代わりに、仕事の生産性を上げたり、家族との時間を増やしたりする。その方が全体として合理的だ、という認識に変わりました。

マニュアル作成もまったく同じです。

多くの企業は、「やろうと思えば作れる」と考えています。
実際に、それっぽいものは作れてしまう。
だからこそ、外注する発想になりにくい。

ただ、ここで一度立ち止まる必要があります。

マニュアル作成にかけている時間は、本来どの業務に使うべき時間なのか。
その人が担うべき価値は、本当にそこにあるのか。

本来問うべきなのは、「作れるかどうか」ではなく、“それを自分たちでやるべきなのか”という問いです。

この問いに向き合ったとき、マニュアル作成は“頑張る業務”ではなく、“任せることで全体最適をつくる業務”へと位置づけが変わります。

ーー社内でマニュアルを作ることの問題はどこにありますか?

矢澤:
一番多いのは、中間管理職に負荷が集中しているケースです。

経営者から「マニュアルを作れ」と言われる。でも現場は忙しい。下に振る余裕もない。

結果として、プレイングマネージャーが自分の業務を抱えながら、マニュアルも作ることになります。

一見すると合理的に見えますが、ここに構造的な無理があります。
本来、マネジメントと実務の両方を担っている状態に、さらに“言語化・整理”という別のスキルが求められる業務が乗る。

つまり、役割が重なりすぎている状態です。

その結果、どうなるかというと、
・マニュアル作成は後回しになる
・作られても途中で止まる
・あるいは最低限の内容で終わる

といった状態が起きやすくなります。

これはほぼ確実に破綻します。

しかも問題なのは、一見すると“回っているように見える”ことです。

優秀な人ほど、自分で巻き取ってしまい、属人化した判断や工夫を、そのまま抱え仕事を回し続けてしまうのです。

周囲から見ると「問題なく進んでいる」ように見えるため、構造的な問題として認識されにくい。しかし実態としては、その人の判断力と経験に依存して成り立っている状態です。

だからこそ、その人が異動する、退職する、あるいは一時的に不在になるだけで、業務は一気に不安定になります。

これは典型的な属人化の構造です。

そして厄介なのは、崩れて初めて問題だと認識されることです。

ーー「社員の善意」に頼る構造にはどんな限界がありますか?

矢澤:
限界は明確で、持続しないことです。

マニュアルを作る人って、だいたい優秀な人なんですよ。自分の業務を整理して、効率化して、言語化できる人。

ただ、ここに構造的な問題があります。

そういった人ほど、日々の業務の中で判断や工夫を積み重ねているので、わざわざ言語化しなくても、自分の中では成立してしまう。

つまり、「言語化しなくても回ってしまう人」がマニュアルを作っている状態です。

その結果、何が起きるかというと、マニュアルとして形式的に書かれていても、本当に重要な判断や工夫は書かれないままになる。

そして、そのノウハウは本人の中に閉じてしまう。

つまり、組織の資産にならず、個人の経験のまま残るという状態です。

さらに言うと、このマニュアル作成業務は評価されにくい。本業ではないので、どれだけ時間をかけて丁寧に作っても、成果として見えづらく、評価軸にも乗りにくいのです。

そしてもう一つ大きいのは、再現性が担保されないことです。マニュアルがあっても、それを見ただけでは同じ判断ができなくなります。

結局、「あの人に聞かないと分からない」という状態が残ってしまうのです。

こうなると、マニュアルは存在していても、機能せず、善意で回っているうちは成立しますが、人が変わった瞬間に止まってしまいます。

だからこそ、善意に依存した仕組みは、いずれ限界を迎えます。

ーーマニュアルが後回しにされる理由は何でしょうか?

矢澤:

シンプルに、優先順位が低いからです。

「時間ができたらやろう」と言われることが多いですが、時間は基本的にできません。

日々の業務はすべて“今すぐ対応が必要なもの”なので、緊急度の低いものは後ろに押し出され続けます。その結果、マニュアル作成は「重要だけど、今じゃない業務」として扱われます。

ただ、ここに一つズレがあります。

マニュアルは“緊急ではないが、緊急事態を防ぐための業務”です。

整備されていない状態が続くと、

・新人教育に時間がかかる
・属人化が進む
・ミスや手戻りが増える

といった問題が徐々に積み上がっていく。にもかかわらず、それらは日々の業務に紛れて見えにくい。だからこそ、「まだ大丈夫」という状態が続いてしまう。

一方で、緊急度はある意味では高いのです。

新人が入る直前になって、「2週間で作ってください」と言われることもあります。本来は時間をかけて整備すべきものを、短期間で無理やり作ることになります。

これは典型的な後回し構造です。

つまりマニュアル作成は、

・重要性は高い
・緊急度は見えにくい
・だから優先順位が上がらない

という、構造的に後回しにされやすい業務になっているのです。

だからこそ、早い段階で意思決定として外に切り出すという選択が合理的になります。

ーー家事代行の“プロ品質”との共通点はありますか?

ありますね。

家事も、やろうと思えばできます。
でもプロに頼むと、仕上がりが全然違いますよね。

例えば、普段は掃除しない細かい部分まで手が届き、自分では気づかない汚れや、やり方のムラがなくなります。

ここで重要なのは、「できるかどうか」ではなく、 “どの水準で仕上げるか”です。

マニュアルも同じです。

なんとなくそれっぽいものは作れます。手順を書いて、フローを並べれば、一応は形になります。

ただ、その状態だと

・判断基準が抜けている
・例外対応が書かれていない
・読み手によって解釈がズレる
・粒度が揃わない
・暗黙知を引き出しきれない

といった問題が残ります。

一方で、プロが作ると、

・抜け漏れがない
・判断基準が含まれている
・再現性が高い
・粒度が揃いわかりやすくなる
・細部まで暗黙知が可視化されている

といった違いが出てきます。

さらに言うと、単に「正しい手順」だけでなく、“なぜそのやり方なのか”という背景まで整理される。これによって、現場は単に作業をなぞるだけでなく、判断できるようになります。

そしてこの差は、目に見えにくいですが、確実に蓄積されていきます。

・教育スピード
・ミスの発生率
・改善の回転速度

こうした部分に影響し、最終的には組織の生産性に直結します。

編集後記(前編)

家事代行が広がったのは、「サボり」ではなく「合理性」として受け入れられたからです。

マニュアル作成も同じ構造になります。作れるかどうかではなく、任せるべきかどうか。この視点に立ったとき、マニュアル代行は“特別な選択”ではなくなります。

では、なぜその一歩が踏み出せないのか。

後編では、その障壁となっている「見えないハードル」と、外注という意思決定の本質に踏み込みます。

Why Outsourcing Is a Rational Choice — The Shared Decision-Making Behind Housekeeping Services and Manual Creation Services

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マニュアル作成代行会社は淘汰されるのか?〜 「作れる」と「機能する」は同じではない〜

「惹き出す力」がなければ、マニュアルは浅くなる〜ヒアリングという技術の再定義〜

なぜ日本の職場は“空気”で動くのか?答えは田んぼにある