AIが制作を担う時代において、マニュアルの価値はどこに残るのでしょうか。
前編では、制作工程の自動化が進むほど、「何を基準として共有するのか」という設計力が重要になることを確認しました。
後編では、その基準を惹き出す工程、すなわちヒアリングに焦点を当てます。属人化した判断を言語化し、仕組みとして組織に残すためには、どのような問いが必要なのか。
「仕組みで人を守る」ために不可欠な、惹き出す技術の内側を見ていきます。
ーー 前編では「整理すること」と「惹き出すこと」は別の作業という話がありました。ヒアリングとは、具体的にどんな工程なのでしょうか?
矢澤:
ヒアリングは、単に情報を集める工程ではありません。
本質的には、「判断の背景を明らかにする工程」だと考えています。
たとえば、現場の担当者が「この順番でやっています」と説明したとします。
そこで終わるのではなく、「なぜその順番なのか」「別の順番にすると何が起きるのか」と問いを重ねていく。
手順の裏側には、必ず理由があります。
効率を優先しているのか、リスク回避を優先しているのか、顧客満足を最優先しているのか。
このような優先順位や判断の背景が明確にならなければ、マニュアルは単なる作業説明書になってしまいます。
ここで重要になるのが、私が大事にしている「現場のこだわり」や「日々の工夫」です。
現場で働く人たちは、日々の業務のなかで試行錯誤を重ねています。
「こうした方がミスが起きにくい」
「この順番の方が利用者にとって安心」
「ここを先に確認すると後のトラブルを防げる」
こうした判断は、必ずしもマニュアルや制度に書かれているものではありません。
むしろ、現場で実際に業務を回し続けてきた人たちだからこそ見えてくる、経験から生まれた知恵です。
そして、このこだわりや工夫の中には、現場の気づきやノウハウが数多く隠れています。
ヒアリングとは、それらを一つひとつ言語化していく作業です。
なぜそのやり方を選んでいるのか。
どこで失敗しやすいのか。
どこを押さえれば品質が安定するのか。
こうした背景を引き出し、判断基準として整理していくことで、はじめて「誰がやっても同じ品質で業務ができる状態」が見えてきます。
つまり、ヒアリングの役割は、手順を聞き取ることではありません。現場のこだわりや工夫の中にある“暗黙の判断基準”を惹き出すこと。
それこそが、マニュアルの再現性を高めるための最も重要なポイントだと考えています。
ーー AIでも「なぜ」と問い返すことは可能ですよね。違いはどこにありますか?
矢澤:
問い返すこと自体は、AIでもできます。
ただ、私たちが重視しているのは、単に問いを返すことではなく、問いを“設計し直す力”です。
mayclassでは、ヒアリングを「情報収集」ではなく、「基準を言語化する工程」と捉えています。
そのため、表面的な回答をそのまま受け取ることはほとんどありません。
たとえば、「特に問題はありません」と言われたとき。
この言葉は、本当に問題がないという意味ではなく、「これ以上説明しなくても回っている」という状態を示していることが多い。
ここで重要なのは、言葉そのものではなく、その言葉が出てきた背景です。
- 忙しすぎて振り返る余裕がないのか
- 問題だと思っていないだけなのか
- 問題だと認めると責任が発生するからなのか
人は、立場や責任、組織の空気によって言葉を選びます。
その前提を踏まえたうえで問いを組み替えなければ、基準にはたどり着けません。
AIは文脈を処理することは得意ですが、「この組織では、なぜこの言い回しになるのか」という構造までは、まだ読み切れない。
私たちが行っているのは、答えを集めることではなく、判断が生まれた構造を解体し、再設計することです。
ーー ヒアリングでは「共感」が重要だともおっしゃっていました。その理由は何でしょうか?
矢澤:
共感というと、感情論のように聞こえるかもしれません。
しかし私たちは、それを相手の思考が外に出てくるための前提だと考えています。
人は、「正しく説明しよう」とするとき、無意識のうちに言葉を整えます。
整えられた説明は、事実を伝えますが、判断の背景までは語りません。
一方で、「理解されている」と感じた瞬間、人は体験を語り始めます。
ここに、人とAIの決定的な違いがあります。
たとえば、ヒアリングの場で相手が「そのときは本当に大変でした」と言ったとします。
AIであれば、「それは大変でしたね。では次の質問に移ります。」と、予定された流れに沿って進めます。
しかし、人はそこで立ち止まります。
「何が一番大変だったのですか?」
「そのとき、どう判断されたのですか?」
「もしもう一度同じ状況になったら、どうしますか?」
問いの角度を、その場の温度に合わせて変える。
「それは大変でしたね」という言葉は、単なる共感ではありません。
思考の奥に触れるための入口です。
この瞬間、人は出来事そのものではなく、「なぜその判断をしたのか」という思考の過程を振り返ります。そのとき初めて、暗黙知が言葉になります。
mayclassが目指しているのは、誰かの頭の中に閉じ込められていた判断を、個人の経験にとどめず、組織の基準として残すことです。
共感は、そのための入り口にあたります。
感情に触れているように見えて、実際には判断の背景を共有できる状態を整えているのです。
説明ではなく体験が語られたとき、はじめて「なぜそのやり方なのか」が見えてくる。
そこまで掘り下げて初めて、マニュアルは単なる作業手順ではなく、組織を守る仕組みへと変わります。
ーー 暗黙知がマニュアルに反映されないと、どのような問題が起きますか?
矢澤:
短期的には、業務は問題なく回るかもしれません。
しかし中長期的に見ると、組織の成長は止まります。
手順だけが書かれたマニュアルは、「同じことを繰り返す」ことはできます。
けれど、それだけでは業務をより良くしていく力は生まれません。
たとえば、「この順番で処理する」と記されているだけでは、なぜその順番なのかが見えてこない。
背景が共有されていなければ、より効率的な方法に気づいたとしても、それが正しい改善なのかどうかを判断する基準がない。
その結果、提案は生まれにくくなります。
一方で、「生産性を優先する」という判断基準が明確に示されていれば、現場は自ら問いを立て始めます。「こちらの方法のほうが効率が良いのではないか」と。
基準が共有されることで、改善はトップダウンではなく、現場から自然に生まれる。
マニュアルは、再現のためだけに存在するのではありません。組織が自走するための土台でもあります。
ーー ヒアリングでよく言われる「脱線」は、なぜ重要なのでしょうか?
矢澤:
脱線は、一見すると本筋から外れているように見えます。
効率だけを考えれば、質問表に沿って進めるほうが合理的かもしれません。
しかし、話に夢中になったり、相手に興味が湧いたりすると、自然と予定外の方向へ話が広がることがあります。話が広がっていくことは、決して無駄ではありません。
用意された質問への回答だけでは、すでに整理された情報しか表に出てきません。
一方で、予定外の話題に触れたとき、「実は以前こういうことがあって…」という体験が語られる。
そこには、判断の迷いや葛藤、優先順位の揺れが含まれています。
その脱線した話にこそ、その組織が何を大切にしているのかという基準や、無意識のうちに共有されている文化の核心が見えてくる。
ヒアリングは、正確な答えを集めるための工程ではありません。思考が動いた瞬間を捉え、その背後にある判断基準を言葉にしていくプロセスです。
ーー では、AIと人の理想的な役割分担はどのような形になりますか?

矢澤:
重要なのは、役割ではなく“順序”です。
まず、人が思考を惹き出す。そのあとに、AIが構造化する。
この順番が逆になると、本質が抜け落ちます。AIは非常に優れた整理者であり、編集者です。情報をまとめ、論理を整え、形式を美しく揃えることは得意です。
しかし、「何を問い直すのか」「どこに違和感を持つのか」といった問いの設計は、まだ人の領域にあります。
たとえば、現場の人が「このやり方でやっています」と説明したとき、それをそのまま文章化すれば、一見きれいなマニュアルは作れます。
しかし本当に重要なのは、その先です。
なぜこの順番なのか。別の順番にすると何が起きるのか。
どこでミスが起きやすいのか。
なぜこの確認を必ず入れているのか。
こうした問いを重ねていくことで、はじめて判断基準や優先順位、現場の工夫が見えてきます。
そして、ここで大きな意味を持つのが、第三者によるヒアリングです。
業務を長く続けている現場の人ほど、自分たちのやり方を「当たり前」と感じています。
そのため、重要な判断基準や工夫ほど、説明の中で省略されてしまうことが少なくありません。
たとえば、「ここは必ず先に確認します」「この順番でやらないと後で大変になります」と言った言葉の裏には、過去の失敗や改善の積み重ねがあります。
しかし内部のメンバー同士では、その背景をあえて説明する機会が少ないため、暗黙知のまま組織に埋もれてしまうことがあります。
だからこそ、外部の第三者がヒアリングに入ることで、
・なぜそうしているのか
・どこにこだわりがあるのか
・どんな失敗を経て今のやり方になったのか
といった部分を、あらためて言語化することができます。
つまり、ヒアリングの役割は、単に情報を集めることではありません。
内部では見えにくくなっている暗黙知に気づき、それを惹き出すことにあります。
そのうえで、ヒアリングによって惹き出された判断基準や背景を、AIが構造として整理し、誰でも読める形に翻訳していく。
人が問いを設計し、思考を惹き出す。AIがそれを整理し、構造として整える。
この分業こそが、これからの自然な協働の形だと考えています。
そして、マニュアルを内製化している企業にこそ、知ってほしいのはこの点です。マニュアルの品質は、文章力ではなく「どこまで暗黙知を引き出せているか」で決まる。
その暗黙知は、問いによってしか現れません。
だからこそ、ヒアリングという工程が、マニュアルづくりの中で最も重要になるのです。
ーー AI時代に、マニュアル作成代行はどのように再定義されるでしょうか?
矢澤:
私たちはこれから、 「文章を書く会社」ではなく、「組織の思考を構造として残す会社」へと軸足を移していきます。
制作の効率が上がるほど、人が担うべき時間は変わります。
整える作業ではなく、問いを立て、設計する時間へと。
mayclassが大切にしているのは、「仕組みで人を守る」という考え方です。
属人化した判断に依存している状態は、一見うまく回っているように見えても、特定の人に負荷が集中し、組織としての再現性も持ちにくい。
判断が個人の経験の中に閉じたままであれば、その人がいなくなった瞬間に、基準も失われます。
だからこそ、判断基準を言語化し、個人の知恵を組織の共通資産へと変えていく。
AIは、その資産を整え、共有可能な形にする力を持っています。ただし、その起点となる思考は、人の中からしか生まれません。
ーー 最後に、AIがあるからマニュアルは後回しでよいと考える企業へ一言お願いします。
矢澤:
AIは、これからの仕事の進め方を大きく変えていく存在です。
ただ、AIがあっても変わらないものがあります。
それは、組織の中で何を基準に判断するのかということです。
何を共有したいのか。
どの判断を基準に動くのか。
その基準が整理されていなければ、AIがどれだけ進化しても、組織の知識は深まりません。
AIの時代に価値が残るのは、情報を増やすことではなく、組織の基準を言語化することです。そして、その基準を引き出し、整理し、誰でも再現できる形にしていく。
そこに、人の専門性があると思っています。
編集後記
AIによって、文章や資料を作ること自体はこれまで以上に容易になっていくことでしょう。
しかし、マニュアルの本質は「手順を書くこと」ではありません。
それは、組織の判断基準を共有することです。
どの場面で、どの判断をするのか。
何を守り、どこで柔軟に動くのか。
その基準があるからこそ、人が変わっても、組織は同じ品質で動き続けます。
勘違いされることも多いですが、マニュアルの役割は、業務を縛ることではなく、組織の基準を可視化することです。
AIが制作を担う時代だからこそ、その基準を惹き出す「問い」と「構造設計」の重要性は、むしろ高まっています。
AIと人の役割が整理されていくほど、マニュアルという仕組みは、組織を支える基盤として、よりはっきりと価値を持っていくでしょう。

Without the Ability to Draw Out Insights, Manuals Become Superficial
— Redefining Interviewing as a Professional Skill —
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