生成AIの進化によって、「マニュアルはもうAIが作る時代だ」と言われることも増えてきました。実際、文章の整理や要約、構造化といった工程は、すでに人よりも速く、整った形で出力されます。
では、マニュアル作成代行という仕事は、いずれ不要になるのでしょうか。
今回は、マニュアル作成を中心とした業務改善支援を行うmayclass代表矢澤がこの問いを正面から受け止めます。
そのうえで、「制作が自動化される時代に、何が人の仕事として残るのか」を考えます。
マニュアルとは、単なる手順書ではなく、組織の判断基準を共有するための土台です。
AIが制作を担う未来を前提に、それでもなお必要とされる“専門性”の正体に迫ります。
ーー 最近、「マニュアルはAIが全部作るようになるのでは?」という声を耳にします。この意見をどう受け止めていますか?
矢澤:
まず前提として、AIがマニュアルを作れるようになる未来は、かなり現実的だと思っています。
文章の整理や要約、構造化という面では、すでに人よりも速く、整ったアウトプットを出せます。業務メモや議事録を入力すれば、見出しを付け、手順を並べ替え、読みやすい形に再構成してくれる。制作工程においては、明らかに強力な存在です。
ただし、ここで区別すべきことがあります。
「マニュアルを作れること」と「現場で機能すること」は、同じではありません。
たとえば、「緊急時は上長に報告する」と書かれたマニュアルがあったとします。
文章としては整っていますし、指示としても一見わかりやすく見えます。
しかし問題は、「緊急時」という言葉の意味です。
何をもって緊急とするのか、その判断基準が共有されていなければ、現場は必ず迷います。
ある人は「利用者が少し体調不良を訴えたら緊急」と考えるかもしれません。
別の人は「転倒や事故など明確なトラブルが起きた場合のみ」と判断するかもしれない。
この状態では、次のようなことが起こります。
・小さな出来事でもすべて上長に報告が集まり、管理者の確認負荷が増える
・「これくらいなら大丈夫だろう」という個人判断で、重大な問題が見過ごされる
・スタッフごとに対応がばらつき、組織としての対応品質が安定しない
つまり、「緊急時は報告する」という文章だけでは、現場では十分に機能しません。
文章が整っていることと、組織がその通りに判断できることの間には、構造的な差があります。
現場は、手順だけで動いているわけではありません。
日々の業務の中では、優先順位をどう判断するか、どこまで対応するか、例外にどう対処するかといった判断が常に発生しています。
その判断基準が共有されていなければ、どれほど整った文章でも、再現はできても、応用はできない。
この“判断の空白”をどう埋めるのか。
AIが文章を整える時代だからこそ、「どの判断を組織の基準として共有するのか」を設計すること。
そこが、本質的な論点だと思っています。
ーー AIの進化を脅威だと感じた瞬間はありますか?
矢澤:
あります。特に衝撃的だったのは、画像生成の進化です。
抽象的な言葉から、具体的なビジュアルを一瞬で生み出す力。
人が「こんな雰囲気で」と曖昧に伝えたイメージを、AIが推測し、構図や光のニュアンスまで含めて整った形で提示してくる。
それは単なる再現ではなく、曖昧さを補完しながら“それらしい完成形”を提示する力でした。
従来、創造や表現の領域は人の感性に依存していました。
しかし今は、イメージを具体化する工程までもが高速化されている。
「ここまで来たのか」と思いました。
創造の領域でさえ代替が進むのであれば、文章を整える仕事は、なおさら影響を受けるはずです。
だからこそ、一度立ち止まって考えました。マニュアル作成代行は、このまま不要になるのか、と。
ーー では、マニュアル作成代行は不要になるのでしょうか?
矢澤:
不要にはならないと思います。ただし、定義は変わるでしょう。
もしマニュアル作成代行を「文章を書く仕事」と定義するなら、代替は進みます。しかし、マニュアルの本質はそこにありません。
マニュアルが必要とされる背景には、多くの場合、属人化があります。
たとえば、
- 「この取引先は午前中に電話しないほうがいい」
- 「この業務は月初にやったほうが事故が少ない」
- 「新人にはこの順番で説明したほうが理解が早い」
こうした判断は、議事録にも業務メモにも残りません。特定の人の経験の中に蓄積されていくものです。
マニュアル作成の出発点は、「すでに整っている情報」ではなく、「まだ整っていない思考」にあります。
ここを整理する工程は、文章を書く仕事とは質が異なります。
ーー AIで代替できる領域と、できない領域の大枠はどこにありますか?

矢澤:
大きく分けると、工程は二つあります。「整えること」と「惹き出すこと」です。mayclassでは、あえて「引き出す」ではなく、「惹き出す」という言葉を使っています。
整えるとは、すでに言語化されている情報を整理し、構造として組み立てること。
この領域においては、AIは非常に強い。
一方で、惹き出すとは、まだ言葉になっていない判断基準や背景に触れていく工程です。
なぜその順番なのか。
なぜその方法を選んでいるのか。
なぜその判断を優先しているのか。
たとえば、「この順番で処理する」と決められている業務があったとして、問い直してみると、「以前逆にしたらクレームになった」という過去の経験が出てくることがあります。
その経験は、書かれていない。
しかし、その判断こそが基準です。
この工程を経なければ、マニュアルは単なる手順の並びにとどまります。
ーー AIの進化は、マニュアルの本質をむしろ浮き彫りにした、とも言えますか?
矢澤:
そう思います。
制作の工程が自動化されればされるほど、「何を言語化すべきなのか」という設計の重要性はむしろ高まります。整えることが容易になるほど、 整える前段階にある“問い”の質が問われるようになる。
mayclassが大切にしているのは、「仕組みで人を守る」という考え方です。属人化した判断に依存している状態は、担当者に負荷が集中し、組織としての再現性も持ちにくい。判断が共有されていなければ、業務は回っていても、組織は育ちません。
だからこそ、基準を言語化し、個人の判断を組織の共通認識へと変えていく。
AIは、その言語化を整理し、構造として広げる力を持っています。しかし、何を基準として残すのかという出発点は、常に人の思考にあります。
ーー AI時代におけるマニュアルの本質を、どのように言語化できますか?
矢澤:
AIはマニュアルを作れるようになります。これは間違いありません。
しかし、マニュアルが必要とされる理由は、文章が不足しているからではありません。基準が共有されていないからです。
制作をAIが担う時代だからこそ、
「何を問い直すのか」
「どの判断を組織として残すのか」
という設計力がより重要になります。
AIは制作のあり方を変える。
けれど、マニュアルの出発点は依然として人の思考にある。
その思考をどう引き出し、どう構造として残すのか。そこにこそ、これからのマニュアル作成の本質があると考えています。
編集後記
制作工程が自動化されるほど、逆に浮かび上がるものがあります。それは「問いの設計」という仕事です。マニュアルは、手順を並べることではなく、組織の判断基準を可視化することに意味があります。
AIは整える。では、何を整えるのか。その出発点をつくるのは、人の仕事です。
後編では、ヒアリングという工程に焦点を当て、「聞き出す力」の構造を具体的に掘り下げていきます。

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Manual Creation Agencies Will Be Eliminated?
— “Being Able to Create” and “Actually Functioning” Are Not the Same —
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